憧れの東京と、香りに魅了された青春時代

バブル前夜の高揚感とイタリアンの魅力
私とオリーブオイルの原体験は、10代後半に遡る。両親が営む小さなカフェから漂う、ガーリックとオリーブオイルの香りがたまらなく好きだった。 時代はバブルへと向かい、世の中全体がどんどん元気になっていく高揚感に包まれていた頃。大学進学を機に上京した私は、飯倉片町の「キャンティ」や青山の「サヴァティーニ」といった憧れのレストランの前を通り過ぎるだけで、胸を躍らせたものだ。
学生時代にはフランス料理研究会という文化サークルに所属し、麻布や青山でレストランの食べ歩きをするのが何よりの楽しみだった。しかし、それ以上に私の心を捉えて離さなかったのはイタリアンだった。気取らないシンプルな調理法と、私の大好きな海鮮料理が豊富だったこと。そして何より香りに敏感だった私は、レモン、ハーブ、ワイン、そしてオリーブオイルが織りなす香りのハーモニーに深く魅了されていたのだ。
ひとりの留学生が教えてくれた本場の味
実家のカフェが大きくなり、レストランへと成長した頃、ひとりのイタリア人留学生がアルバイトとしてやってきた。ウンブリア州出身の彼は、トリュフやオリーブといった地元の特産品や、自家製の手作り生ハムなど、私たちがまだ知らなかった本場のイタリア料理をたくさん教えてくれた。(数年後、彼はシベリア鉄道に乗ってイタリアへと帰っていった。)
価値観を揺さぶった、ウンブリアの自給自足の暮らし

標高800mの渓谷で見つけた「本当の豊かさ」
大学2年の時、私は彼の故郷であるウンブリア州の家を、家族全員で訪ねた。標高800mほどの正真正銘の山の中。初日に車で案内された時は「ドラキュラ城にでも連れて行かれるのでは」と心細くなるような、未舗装の険しい山道だった。
しかし、そこに広がっていたのは、谷間を見下ろす息を呑むような絶景だった。周囲にはブドウ、オリーブ、イチジクの木々が茂り、野菜畑が広がる。鶏が家の周りを歩き回り、羊や豚が放牧されのんびりと草を喰む様子、完全な自給自足の世界。それまで物質的な豊かさこそが幸福だと信じていた私は、彼らの暮らしを目の当たりにし、「本当の豊かな暮らしとはこれなのか」と深く考えさせられた。


搾りたての深いグリーンと、忘れられないチコリの苦味
そこで出会ったのが、搾りたての、深く美しいグリーンのオリーブオイルだった。自分の畑で収穫したオリーブを搾油所に運び、1年分のオイルにして大切に使っているという。
滞在中は毎日、そのオイルをたっぷりかけた苦いチコリ(レタスの一種)と、青いトマト、玉ねぎだけのシンプルなサラダが出た。最初は「なぜこんな苦いものを毎日食べるのだろう」と戸惑ったが、2、3日もするとその苦味がすっかりクセになり、食べないと落ち着かなくなるから不思議なものだ。

人生を変えた一滴。
帰国後もあの味が忘れられず、麻布のナショナルスーパーで学生には少し手の届きにくい高価なエキストラバージンオリーブオイル(EVOオイル)を買い求めては、ウンブリアの気分に浸っていた。羊肉を焼いてEVOオイルを回しかけたり、ムール貝の白ワイン蒸しを作ったり。チコリが手に入らない時は、レタスを代用してEVOオイルをかけ、あの日のサラダを再現したものだ。

日常を彩るマジック。地中海スタイルで歩む人生

パリ時代も続く絆
その後、私がパリで暮らすようになってからも、ウンブリアの彼らの家には定期的に通い続けた。家族と離れて暮らす異国での生活の中、一人ぼっちでクリスマスを過ごすより、彼らの温かい家族と共に過ごす時間は何よりの喜びであり、年に数度は泊まりがけでお世話になったものだ。
そうした年月を経て、今やEVOオイルは私の暮らしに欠かせない存在となった。料理の仕上げとしてはもちろん、メイク落としや、唇の荒れを防ぐリップケアとしても愛用している。
昨今ではEVOオイルの健康効果が広く謳われ、使い方の情報も普及してきたが、「加熱せずに、食品の上から生のままオイルをかける」という感覚は、日本人にはまだ少し馴染みが薄いのかもしれない。ただひと回しするだけで、どんな料理も魔法のように美味しくなるというのに。
香りを楽しむ地中海の美学
ラテン系の人々が何よりも大切にしているのは、「香り」の文化だと感じる。EVOオイル、フレッシュなハーブ、弾ける柑橘、そして芳醇なワイン。これらの素晴らしい香りを嗅ぐだけで、ふっと心が浮き立ち、人生が豊かに色づいていく。そんな不思議で幸福な感覚を、これからも食卓を通じて楽しんでいきたいと思う。

